●「資本ポリシーの完結と功績の危険」を読んで

●「資本ポリシーの最期と経歴のリスク」 水野和夫
という物々しいネーミングのガイドブックを見かけ、手にしてみました。景気学などさっぱり無縁で興味のないあたしですが、”大仰で物々しいネーミングから察するスリリングな国を楽しんで見るか”くらいの感覚で読んでみました。
細かい内訳は読んでいただければと思いますが(すみません、ズルくて・・・)、ざっくり略語しますとこんな感じです。
■「国総無利息」時代の上に何が現れるのか?
・向上を果たした世の中から無利息になり、景気が混沌とする。→向上の維持は想定薄。
・「バブル清算フォルム」の資本ポリシーでアメリカ等の大国の景気はどこへ伺うのか。
・中国はアメリカ没落後の覇権世の中になれない。中国バブルが弾けたあとの、国景気は混迷。
・アフリカのグローバル化が進めば再び青田刈りの国土は残っていない。その状況下で、資本ポリシーは未だに継続できるのか?

■「国総無利息」
=資本ポリシーの最期でどうして日本にチャンスが仕上がるのか?

さてさて、導入が長くなりましたが、景気学に興味がないあたしが、なぜここまで各種小説を手にするような内容に至ったかだ。

まるで、「資本ポリシーの最期・・・」では広く景気対応を見直す必要があるとの発案にインパクトされ、こういうライターのお忍び持論では?と疑問を保ち、どんどん関連するガイドブックを読み広げてみました。
それから分かったことは、
”資本ポリシーは永久的かつ圧倒的イデオロギーでは乏しいという事柄。”
でした。
「なんだ、そんなことも知らんのか?」と一蹴わたるかもしれませんが、それはご恩情頂くとして、各ライターは、グローバリゼーションが進展し、「電子・経済余白」が進度・膨張する状況で、類似的経歴の実績のある経済的イデオロギーで今後も国をコントロールできるのか、現在の資本ポリシーを必須とした景気対応のスタンスを根本的に改善すべきではないか、ひいては、資本ポリシーに変わるものを真剣に考えないといけないのではないか、と発案されているようにあたしには受け止められました。

法人に身を置いていると、資本ポリシーが大前提、更にグループ景気が大前提となった勤めの中に埋もれているため、そんな真相をにらめっこやる機会に恵まれません。(さほど法人批判する狙いはありませんので取り違えなきみたいお願いします。)
そういう異なる哲学、概念の要綱をわざと仕入れないと、そういった危機感は生まれて欠けることを近頃痛感してある。
最近は、そんな相談の中で、”OLとしての身上で何ができるのか?”と自分に問い掛けてるようになりました。ひいては、「自分が行動して変革をはじき出すことなどそんなふうに簡単なためない。そんなことは重々承知している。とはいえ、危機的な状況はほぼ近い将来のことを見せるように感じる。では人はどうして行動するのか。」といったムシャクシャに苛まれるようになりました。
前もって相談を認識してしまった限り、その内容を具体的にかつ速効みたいに考えなければいけないと思い直すのですが、結構そんなふうに簡単ではないようです。

近頃のことですが、ムシャクシャと戦ってばかりもいられないというため、以下のように自分の内容アドバイスを捉えることとしました。
「”自分の残るOLの間+景気尽力に携わると想定される間”で考えるとこの先の約20年頃となります。そうなると自分の子供たちやその子孫に何を残して言えるのか”というとらえ方をしないといけない。」
いくぶん物物しいですね。ですが、これをちょっぴり急いで整理したいと思います。とは言うものの、単純に私立度合で整理できる相談だとは思っていません。そのくらいやさしいためはないと思っています。
もう少しだけ捉えやすいセオリーで整理すると、”あたしが後世に残す事柄、残すべきことは何か”という考え方で整理することがいいのではないかと思いました。
そうすれば具体的な”売り物”で表現できるかもしれませんし、単純な”コトダマ”でも良しのかもしれません。

先の論説で「シンプルにものを練り上げる」と述べられたほうがいらっしゃいました。これは非常に受け入れやすいと感じました。内容を起こすにあたってはシンプルな思いつきでOK。しかし、先につらつらと述べた通り、その内容をはじき出すに差しかかるセオリーは結構シンプルには考えられない、複雑に絡み合ったときの中から、その根源的な哲学や概念にもとづき、それらを紐解き、各種の情報から苦しみを開発し整理して、回答の適性を想定にもとづき追求することが重要と思っています。

よって、
”簡素な内容が要点、ただしその値踏みは慎重であること、それは厳選された要綱・哲学に基づく事柄”

これが私のこれからの内容アドバイスだ。http://www.silverconcierge.co/